犬と猫

 向い同士の二軒の家の北隣の家には猫嫌いの男一郎が愛犬を飼って居った。南隣の家には犬嫌いの女秋子が愛猫を飼って居た。飼い主も飼い主なら、犬や猫も犬や猫で有った。
 猫は昔から放し飼いで自由奔放で有る。憎っくき鼠めを捕って貰う為でも有る。しかし捕るのは鼠丈では有りません、大きい鶏や飼って居る小鳥の十姉妹を捕ったり、水嫌いのくせに金魚鉢の金魚を捕ったり、猫舌のくせに焼いて居る魚迄盗んだリもする。猫は内部に野生を秘めて居るので有る。飼い主は外でどんな悪さをして居るかは殆ど知ら無い。
 犬は法的に放し飼いを禁じて居る、子供を咬み殺したりも為る為で有る。昔は狂犬病も流行して居た。勿論狂犬病は狂犬に咬まれると人にも感染する、人も人を咬みたく成る治療の難しい難病で有る。水を怖がる事から恐水病の別名も有る。犬めを座敷で飼ったりの非常識な飼い方をすると御外に抜け出した場合に他所の家の座敷に上がり込んで信じられ無い悪さをする事も有る。座敷で飼うのは考え物でも有る。
 水を嫌う猫が水槽に手を突っ込んで中の金魚や小魚を爪で引っ掛けて捕るとわ信じ難たいが、動くものを見ると野生の本能が騒ぐので有ろう。風に靡く物で遊んだりもする。
 或る日の夕方、男が秋刀魚を一尾買って来てひちりんで焼いて居て、醤油を取りに一寸離れた空きに向かいの女の家の黒猫めに盗られてしもうた。男は御飯に醤油を掛けて食べる惨めな羽目に。気の弱いあかん垂れの男は向かいに言うて行く事も出来無かったので有った。
「又、来よったな」猫も猫で何度叱られても、懲りずに遣って来るので有った。野良猫の如くに裏の戸をそーと開けて中を物色したりも為るので有った。或る日の事、家に帰っら座敷の隅に鼠の頭と尻尾が食べ残されて居るのを見て、驚愕してしまった、向かいの黒猫めの仕業に違い無い。最近では悠然と座敷に上がり込み毛繕を始める始末で有った。冬に成ると勝手に炬燵の中に忍び込んだりもしよるので有った。何ぼ叱られても応え無いので有った。飼い主に似るので有る。
 或る日の事、女が買い物をして帰って来ると裏の男の家の犬めが座敷に上がり込んで襖に見事な水彩画を描いて居る最中で有った。女は唖然としてしまい暫し間声も出無かった。座敷箒を投げたら犬めに命中してキャンと啼いた。女はひつこく犬めを追廻し、しばき斃し荒縄で首を縛り、男の家に乗り込んだ。
「犬畜生のした事をそんなに怒られても」男は何時もの様にのらりくらり言い訳けをしよるので有った。「この阿呆垂れ犬め」女は又犬めの頭を叩いた。
 犬は殺されと思ってか、尻尾を丸め、小便をチビル有様で有った。
「酷い事をしよる、怯えて居るではないか」
「犬を放し飼いしたら法律に触れる事を知らんのんか、子供を咬殺したら何とする。今度悪さを為よったら保険所に連れて行くで、ええな」保険所に連れて行くと普通は何日か猶予の期間の有る処分も其の日の処分と成る。人を咬んで犬は即、処分される。これが人の世の身勝手な世界で有る。飼い主に見捨てられた可哀想な犬の写真を撮り続けて居る写真家も居る。自分が殺されると犬は判ら無いのに悲しい顔をして居る犬を如何して探すので有ろうか。
 二人は中が良すぎてか日頃から喧嘩ばかりして居ったので有る。女は弟の母親代わりをして居ったが。自分の子では無いかと悪い陰口を敲く者さえ居った。
 或る日の事、男は電車の中で痴漢と間違えられた、一度なら兎も角二度も間違えられたので有る。二度とも成ると何を言っても信じてもらえ無い、不細工な話で有る、会社に知れたら解雇されそうで有る。
 男は母や兄弟にも言えず困り果て、向いの女に引き取り人を願った。女は文句百垂れ言い乍も来て呉て助かったが。帰り道で散々言われてしまった。
「阿呆垂れ、痴漢なんかし居って、あんたは病気か、この変態」
「間違いだと何度言ったら判って貰えるのかのう」「誰が信じるか、犬も犬なら飼い主も飼い主じゃ」
「一度目が覚める様に、小便を掛けたろか」女の御下劣な何時もの口癖で有った。鬼女で有った。
 弟の良男は姉とわ違って純真で純朴な善い中学生で有った。将棋が好きで有って、良く男の家に遊びに来ては二人で将棋を指すので有った。業と勝ちを譲るのが気に入らず男は何時も叱って居った。
 或る日の事、とんでもない災難が女に襲ったので有る。竜巻が通り過ぎて屋根が吹っ飛んでしまったので有る。家の中の物は何もかも天に舞い上がるってしまったので有る。着る服も財布の御金も洗濯前の汚れ物の肌着迄。二人は命からがら男の家に救いを求めて九死に一生を得たので有った。家が半壊して住める状態で無かったので有る。僅かに逸れた男の家は窓硝子は割れたが家は残ったので有った。女は泣き付き一緒に暮らす事とあい成った、三人の珍奇な共同生活が始まったので有る。
 迷惑したのは男丈では無い、犬は恐怖に怯えた。猫は反対に自分の家の積もりに成ったのか、最初の三日間は借りて来た猫の様に遠慮して居ったが、其の内男等無視して悠然と昼寝を決め込む有様で有った。女の前では猫を叱る訳にもいかっず、猫は背中に迄平気で載る有様で有った。
「何で二人並んで歩いて居たら、世間の人は笑うの」二人は笑われてしまったので有った。
「あんた、何時給料貰うの、私御金持ってへんで、御尻触らせてやるよって何とかして」
 女は男の給料を一人締めしてしまい、暮れの賞与も既に当てにしてしまって居るので有った。もう夫婦気分で有った。男は煙草銭にも事欠く始末で有った。或る日小便に行く間も惜しんでか、夕食の用意に忙しく御尻をもじつかす女の御尻を触ったら。
「到頭、正体を現し居ったな、この変態の痴漢めが、あんた見たい男が居る限り、この大阪から女性専用車両の電車は無く成らぬわ」痛い拳骨が頭に飛んで来た。真の鬼女で有った。
「触らして上げると自分で言ったでないか」男が殴り帰さ無いのを知ってか悪さを平気でする女。
 あれ程、女に怯えて居た犬も、頭をさげオズオズと近づき、女に餌を貰い、散歩に連れられて居る内に仲良く成ってしまった。しかし犬と猫は何時まで経っても仲良くは成ら無かった、猫は犬の鎖の長さえを計算し間合いを取り円弧を描いて悠然と玄関を通って千載に出るので有った。犬が急に襲い掛かって吠えても僅かに届か無い。猫の方が上手で有った。強かでも有った。
 運悪く良男の修学旅行で二人きりの夜を迎えた。間違いが起きそうに成った。女は何やらそわそわ、モジモジ恥ずかしそうにするので有った。腰の悪い母者登喜子が何を心配してか無理して遣って来てしもうた。
「御母はん、泊まると言出されても蒲団も無いし」「腰が痛く成って動けぬ、わてを追い返す気か」
「うち等の蒲団で寝て貰ったら」「うち等の蒲団てもう夫婦に成ってしもうて居るのんか」
「わての目の黒い内はふしだらは許さん」「何も無かっても世間は良からぬ事を噂する者じゃ」
「これ娘、一回りしてわてに姿を見せて下され」「五体満足で元気なら充分じゃ、顔も十人並みじゃし」「もう序でじゃ、夫婦に成ってしまえ、鈴木家の家訓を忘れたか」
「御母はんたら」「あんたは、如何じゃ」「うちはもうその気ですけど」
「当たり前じゃ、夫婦に成る気も無いのに一緒に暮らす阿呆な女子は居らぬわ」

「あんたの御母はんも変わったはあるわね、一緒にお風呂に入りやて、間違いでも起きたら如何する積もりやんねんやろな」
「こうして一緒にお風呂に入って居る丈なのにもう夫婦に成った様な変な気に成るわね」
「ええか、今日は変な事したらあかんで、電車の中で痴漢をしでかした事、御母はんに言い付けたるで」
「背中を流して下さる」女の見事な裸を見て居るうち男はおかしく成ってしまった。口は悪くても美人で有った。可愛い御乳で有った、思わず触ってしおうた。
「こら、何に考えて居るのじゃ、御母はんが居られると言うのに変な事するで無い。明日ならさせて上げるけど」
「何を考えて居るのじゃ、変な事して居る事が知れたら如何するのじゃ」
「目が覚める様に、小便を引っ掛けたろか」男の犬の様なはしたない事をしでかしてしもうたので有る。女は日頃言って居る通りについしてしまたので有る。男は唖然としてしまい、野獣の様にたけび女の後ろから犯してしまった。
「あかん、あかん、御母はんに聞こえるがな」女も喘いでしまいよがり声をあげてしまった。母者に知れてしまった。
「あんた、うちがしっこした事、御母はんに言ったら、しばくで」と釘を刺した。
 二人は居間の座布団を蒲団代わりに一枚の毛布で雑魚寝をして夜を明かした。
 猫が真夜中に遣って来て知らん間に股座で寝て居った。女は日頃は減らず愚痴を垂れるのに寝て居る時は天女の様な顔をして寝て居った。男は女の御乳を触って居ると。何時まで御乳を触ったら気が済むのじゃ。良いか、浮気をしたら寝首を掻いたるよって、肝に命じときや」何時もの脅しが始まった。もう夫婦に成った気で居った。慎みが無く成ってしまったのか、男の前でも平気で屁を放る有様で有った。

 朝に成って、母者は散々嫌味を言うた。
「呆れ果てた者達じゃ、わてが居るのを知っててぬけぬけと濡れ事等し居って」
「御母はん、うち等もう夫婦に成ってしまいましたんえ、不束な嫁ですが宜しゅうに」
「何やて」女は関係が出来ると夫婦に成るものと信じ込んで居ったので有った。

 暫くして其の男の御母堂の登喜子さまが急に亡く成られてしもうた、女は男の妻として葬礼に参列して唖然とする世間の面々。
 父の遺産を受け継いだ母の遺産問題で揺れる兄弟、親族、鈴木家の家訓に結婚も出来ぬ、子供も作れぬ者には遺産は相続させずと言う物が有った。仏間には額に書かれ掛かっても居る。子供か妻が必要で有ったので有る。二人の俄か夫婦に疑問を持つ者も。四十九日の法事の席で又兄弟の醜い争いが。
「あんた如何する気や、うち等は何も貰えへんのんか」「今更籍を入れてももう手遅れじゃが」一郎は遺産を貰い損ね掛けたので有るが。
「うちは御金等要らぬが結婚はしたい」と駄々を捏ね、二人は慌てて平服の儘、佐太天神宮で俄か挙式を上げた。式の最中に女は悪阻で吐いてしまった。やや子が出来て居ったので有る。子供が居れば立派な相続人。
 二人が幸せに成れば世間の人は何故か笑うので有った。遺産も分けて貰え、玉の様な男の子を産み落とし。佐太天神宮に御宮参りに出かけたら、幸せそうな二人を見て又世間の人は又何故か笑うので有った。
 犬は寒い冬の日でも、大地に耳を着けて寝て、泥棒から一家を守り、猫は爪を研ぎ、鼠を捕る事に神経を取り覚ませ。男は子作りに励み。二度と電車で痴漢に間違えられる事も無く成った。しかし、この大阪に今だに女性専用列車成る物が走って居る。痴漢が零に成って居れば誰かがもう止めようと言い出しても良さそうな物を。猿も秋に成り人里に美味しい果物が出来る頃には山から降りて来て悪さをします。駆除を望む住民集会で、他県の全く関係の無い人が動物の保護に反すると文句百垂れ言い出します。人の口に戸は建てられ無いので有る。熊も冬眠の前に人里に降りて来て人を襲います。動物保護団体に何か言われるのを恐れてか、罠を仕掛けて捕獲し人の住んで居る山奥に放します、人を襲った熊だけ猟友会の人が来て熊を処理します。射殺したとは決してニュースでは言いません。憎い烏が時に網戸にへばり着いて糞を垂れ部屋の中の様子を窺います。カレンダーの動物の写真を死骸と勘違いしてか。網戸が台無しに成る。昔は良く働いた馬も偶には悪さをして春の芽が出た麦畑を暴れ廻り踏み着けたので有る。麦踏の始まりで有る。牛も盛りが憑くと暴れ廻ったりするので有る。小川に掛かった、体操の平均台の様な細い古柱の橋を渡ったりするので有る。本当の実話で有る。大きな鯨が浜に打ち上がる事が有る。迷惑な話で有る。昔なら解体してアット言う間に骨丈に成った物を、そうも行かず、自治体は塵として処理するのにも可也御金が掛かるので有る。埋めて腐らせ骨の剝製を獲った処も有った。都会の住人が田舎のホテルに泊まって、烏が煩い、蝉が煩い、蛙が煩いと文句百垂れ言い出す昨今でも有る。難儀な時代でも有る。




          2006−11−19−181−03−03−OSAKA




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