居眠り用心棒

 何時の世も女の一人暮らしは物騒な物で有る。昔も何やら物騒な時代も有ったので有る。夜盗の賊が大店を襲う事件が相次いで居ったので有った。
 夜盗の不穏な動きを察知した女は慌てて口入屋に用心棒を頼んだ。
「これ、亭主、人の足元を見るで無い」「しかし、女将はん、腕の立つ御浪人さまと成りますと如何しても雇い料金の値も高く成りますが」
「亭主、憚りを借りたいが良いか」「どうぞ、どうぞ、御ゆっくりと」
 散々粘って値切りに値切った、女はけちで有った。
 しかし、値切ったのが禍しとんでも無い男が遣って来てしもうた。
「其方、昼間から酒を食らうて居るのか」「風呂には入って居るのか、下帯の替えは持って居るのか、大層に刀に紙縒りで何やら封印をして居る様だが、真坂竹光では有るまいのう」呆れ返る女。
「良いか、昼間は寝ても良いが、夜は寝ずの番をするのだぞ、夜盗に御金を取られた上、殺されるのは御免じゃ」
 しかしで有る、昼は良く眠って居るのに、夜も白河夜船で有った。役立たずで有った。腕前の程も信じられ無かった。
 其の役立たずの男が女の寝間へ忍び込んでしまったから大変な事に。
「こら、何をし居る」
 朝に成って男は散々しかられてしおうたが、一向に堪え無い様子で有った。
「呆れ返った男じゃ、其方は用心棒ぞ、亭主の代わりを頼んだ覚えは無い。其方は何を考えて仕事をして居るのじゃ、言い付けた事は何一つせず、言わぬ事はし居るのか。口入屋に何と報告すれば良い物かのう私が御人好しで有るの良い事に少し度が過ぎるのでは無いのか。世間の人が陰で私の事を笑って居るのに気が付かぬ筈は有るまいに。やや子でも出来たら亭主に納まる積もりか。以後気を付けなはれ」
「女将はん、何処へ」
「気にするで無い、憚りじゃ、着いて来なくても良いわ、其方も男じゃのう、この様な事には良く気が付くのう、覗くで無いぞ、この前御風呂を覗いたで有ろうに、違うとは言わせぬぞ」
「又、悪さをしに来よったんか、又御仕置きをせねば成らぬのう、ああ、何処を触りよるか、其の様な恥ずかしい事はしては成らぬ」
 朝に成って、又又叱られてしまうので有った。
「呆れ返った男じゃ、其方は用心棒ぞ、亭主の代わりを頼んだ覚えは無い。其方は何を考えて仕事をして居るのじゃ、言い付けた事は何一つせず、言わぬ事はし居るのか。口入屋に何と報告すれば良い物かのう私が御人好しで有るの良い事に少し度が過ぎるのでは無いのか。世間の人が陰で私の事を笑って居るのに気が付かぬ筈は有るまいに。やや子でも出来たら亭主に納まる積もりか。以後気を付けなはれ」
「今晩、同業者の集会が有る。夜遅く成るかも知れぬ。夜道は物騒なでな、私に付き添う様に。もっとましな着物は持って居らぬのか。父の着物が合えばよいがのう、阿呆な事しでかして私に恥を掻かせるで無いぞ聞いて居るのか、やたら其の辺でおならを放いたり、立ち小便をするで無いぞ」
 夜盗に対する対策で揉めに揉めて真夜中に成ってしもうた。帰り道で女は急に立ち往生。
「女将はん、如何なさいました、わしに遠慮は御無用、小用なら其の辺でなされませ、誰も見ては居らぬ」「小用では無いわ、足が腓返りを起こしてしまった、痛くて歩けん」
「何ならわしが背負って帰りましょうか」
「そんな恥ずかしい事出来る分け無かろう、人に見られたら又笑い者じゃ」大きな子供で有った。
 大分たった、夜盗に襲われる事も無く無事に済んだ。役立たずの用心棒にも其れ成りの効用は有ったので有る。
 或る日の事、男は何時もの様に安心しきって女将の寝間に忍び込み、交接して居る最中に夜盗の群れが押し入って来てしもうて大変な事とあい成った。
「ああ、泥棒」合口に怯える女。
「これ、亭主何をして居る。蔵の鍵を素直に出せば命までは盗らぬ」
「この男は亭主等では無い、蔵の鍵の在り処等何も知らぬわ」
「女将はん、鍵の在り処は殺されても言ってはなりませぬぞ。言うたら殺されますぞ」
「嫌じや嫌じや、私は未だ死にとうは無い、やや子が欲しい、そちの子でも構わぬわ贅沢は言わぬ」
「わしらの前で痴話喧嘩か」
「蔵の鍵なら此処に有るわ、何なりと持って行きさらせ」
「あれ程言っては成らぬと言ったのに言ってしまって、金を手に入れた鬼畜どもが約束を守る筈が有るまいに」
「心配致すで無い、恥ずかしい乍我が家の台所は火の車、家計は赤字続きじゃ、盗られえる物等何も無いは蔵の中はガラクタばかりじゃ」「じゃ、わしを何の為に用心棒に雇った、わしを騙したのか」
「ああ、こら、何をする、わて迄縛るで無い、先から憚りに行きたいのを我慢して居ると言うのに、こんな男の前で御粗相でもしでかしたら一生頭が上がらぬでは無いか。早く解けと言うに」
 急に女は黙ってしまった。男は縄を解こうと必死で有った。
「御頭、女将の言う様に、蔵の中はガラクタばかりで金目の物は何も」親分に言うた。
「此の侭では済まされんな」親分は合口で女将を脅した。
 突然地震が起こり天井に隠して在った、内緒の臍繰りの小判が音を立てて落ちてしまった。驚く盗賊を用心棒の男は自分の刀を奪い返してあっと言うまに打ちのめしてしまった。元武士の面目躍如で有った。「殺してしまったんか」「気を失って居る丈じゃが」「役人に引き渡すのか、嫌じゃ嫌じゃ、わてが御粗相をしでかした事を皆に言いふらされては恥ずかしい」「解き放っては又悪さをしよる」「嫌じゃ嫌じゃ恥ずかしい」「女将はんたら子供みたいな事を」「此の御金は遣るよって二度と悪さはするで無いぞ」
 其の後何故か夜盗の悪行を聞か無く成った。男を連れて町を歩いて居ると何故か人は笑うので有った。 昼間用心棒の男はは夜の為に座敷の真ん中で大の字に成って昼寝をして居ると黒猫が遣ってきて男の御腹の上に載って昼寝をしよるので有った。天下泰平で有った。やがて女将はやや子を授かり。男は亭主に納まった。亭主に成っても男は相変わらずぐうたらで有った。




            2006−06−04−133−01−OSAKA



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